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2019.08.05 Monday

同調圧力

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同調圧力

丸川春潭

 前のブログで、最近人間禅の修行をはじめてまもなくして来なくなった人の言い残した「幸せそうな顔をしている人がいない」ということについてブログしましたが、この人はもう一つ来なくなった理由を挙げていました。

 「ここに来なければ、道は開けない」というような、「正しさ」がそこにあり、そこに行かない人は救われない。というような(あくまで感覚です)同調圧力を感じ、足が遠のきます。

 これがその全文です。今日はこれについて考えてみたいと思います。

 「ここに来なければ、道は開けない」に近いニュアンスで、「東京に座禅するだけなら数百のお寺があるでしょうが、見性し道眼を開くことができるのは人間禅の他に数カ所あるだけです。」という言い方はしています。短く云えば「ここに来なければ、見性できない」ということになり、大体その通りだと云っても良いでしょう。

 また「「正しさ」がそこにあり」も臨済的伝の正脈の法がわれわれにはある、と常日頃自負しているところであり、これも大体その通りと云っても良いでしょう。しかし表現に底意が含まれてきていることも感じます。

 これに続いた「そこに行かない人は救われない。」になると若干誇大妄想的に認識のズレが大きくなっているように思います。見性し転迷開悟を図って人間形成を積んでゆくことが正脈の法が伝わっている人間禅ではできますとは云いますが、同時に世間一般においての精神的救済には、法然上人の浄土宗とか親鸞聖人の浄土真宗をはじめとして歴史的にはいろいろの宗派がありどれも素晴らしい救済方法を持っていること(特に他力宗には自力宗にない優れた救済方法があること)、また仏教のみならず孔子の儒教にしてもキリスト教にしても、2000年以上の世界宗教は多くの人を救済してきているということを最初の師家面談の段階でもまた法話やブログなどでも枚挙にいとまがないくらい人間禅は発信しています。すなわち「そこに行かない人は救われない。」は認識にズレがあるというのか大きな誤解があると思います。

 最後に、「同調圧力を感じ、足が遠のきます。」ですが、これは若干難解です。ここでしか見性できないと云うことを知って、ここで見性できるんだ!と喜ぶ人も大勢おられるわけで、人間禅には正脈の法が伝わっている希少な在家禅会であることは説明しなければならない事柄です。「同調圧力」は強制感覚なのでしょうが、師家面談では必ず「座禅するだけの修行と更に師家に参ずる修行もあります・・」と、その選択には本人の意思を尊重しており、しかも「来る者は拒まず去る者は追わず」が人間禅の信条であるとも常々云ってきています。

 同じ水を飲んでも蛇が飲むと毒になり牛が飲むと乳になるという禅語もありますが、自分たちは間違ったことを云っているのではない(正しいことを云っているのに)、ねじ曲げて理解する人は仕方がないと相手の所為にして突っぱねることは簡単ですが、こういう希少は意見に謙虚に耳を傾けて、より注意深く独善に埋没しないように反省することも必要です。すなわち同調意見だけを歓迎し相反意見は遠ざけるようなことがあってはいけないと思っています。

 「正しさ」が硬直化して押しつけになっていないか?入門や入会にいささかの精神的圧力をかけるというようなことになっていないか?と。ただしこの反省や慮りが布教に対して怯んだり消極的になってもいけないのであります。どちらかに偏ることがなく真っ直ぐに対応する、まさに日々時々刻々自分の本物さが、そして一日一炷香の座禅の質が問われていると考えました。

 

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