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2019.08.23 Friday

「死」が軽い現代! 〜〜敬老の日に因んで〜〜

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「死」が軽い現代!

〜〜敬老の日に因んで〜〜

H30.8.23 丸川春潭

 今の子供達は核家族になっているために家族の死別の悲しさを知らないで大人になる場合が多くなっている。私は父母の親(お爺さんお婆さん)が死んだときの父母の涙と悲嘆を子供心に強烈な印象で覚えている。それは大人になってからの実の父母の死よりも鮮明で強い印象になって残っている。それは子供の時の方が死の悲しさを感受性強く受けるからなのであろう。

 肉親の死でもって「人間の命」を肌で感じ、肉親の死別によって深い悲しみを知る。三代、四代の大家族は、必然的に祖父母、曾祖父母の死に遭遇し、家族が死別を悲しむ様子を幼いなりに受け止める貴重な経験に遭遇することになる。

 幼少期に人に死があり、死別がどんなに悲しいことかを知ることにより、「命の大切さを知る」ことになる。これはどんな教育にも勝る大切なことである。また人間にとって悲しいことを知ることは、嬉しいことを知ると同じようにその人の人格形成にとって極めて重要である。

 現代の幼児期から学童時代の子供達は、ゲームにどっぷりであり、そのゲームの仮想社会で悲しみの伴わない死を繰り返し繰り返し日常茶飯事的積み重ねて大人になっている。

 その結果が、横須賀の施設の大量殺戮や子供や親を殺めることに繋がっていると考えるのは短絡であろうか?

 また、自死者がやっと年間3万人から2万人台になったとは云え、阪神淡路大震災の死者数6千数百人はもとより東日本大震災の死者数1万5千人強よりも多くの人が毎年 掛け替えのない命を自ら絶っている。弱者を殺めることと、直ぐに切れやすく自死してしまうのは、根っこは同じであり、命が軽い現代社会の病根から来ているのではないか?今の世の中は実に人の命の尊厳が希薄な時代である。何とかしなければならない。

 高年齢社会になってきているが、孫や曾孫と一つの屋根の下で住んでいる老人は少なく、独居老人が多くなっている。そして一人で亡くなって行く人も多い。樹木希林さんは癌の闘病で入院していたけれども死ぬときは家に帰りちゃんと孫に自分の死を見せて亡くなられたそうであるが、マクロ的に云えば、ほとんどの老人は老人の果たす最後の役割を果たせていない。

 次の世代に対する最大の教育として、「人の命の大切さ」を死別の悲しさから示す「死に様」を前向きに老人は意識しなければならないと思う。もちろん個人的な努力のみならず社会的にも「死別の悲しさ」をもっと大切にし、そして人の命の大切さ重さを日常的に感じられる人間味の豊かな社会にして行かねばならない。

 

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