社会人のための坐禅(座禅)道場【人間禅】

 

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2020.04.29 Wednesday

芭蕉『笈の小文』より 

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芭蕉『笈の小文』より

杉山呼龍

 

 

 『笈の小文』とは、芭蕉が、多くの人に見送られて江戸を発し、須磨・明石を経て京に至る旅日記である。この文章が重要であるのは、芭蕉が仏頂和尚に嗣法した直後の旅の文章であるからだ(書かれたのは旅の数年後)。

 

 途中故郷の伊賀上野で

 

    旧里や臍の緒に泣 としの暮

 

と詠んで懐旧の思いを凝らした。伊勢で落ち合った、万菊丸と名乗った弟子の杜国(とこく)と共に吉野の桜を見ようとする思いを、笠に落書きした。

 

    よし野にて桜見せふぞ檜の木笠  風羅坊

    よし野にて我も見せふぞ檜の木笠 万菊丸

 

(風羅坊は芭蕉のこと)そして途中荷物が多くてほとんど捨て去って軽くなったのだが、足弱く疲れて道ははかどらず

 

    草臥(くたびれ)て宿かる比や藤の花

 

と詠み、吉野の龍門の滝では

 

    ほろほろと山吹ちるか滝の音

 

の句を残し、吉野には三日滞在した。そして高野山に寄って和歌の浦まで来て、次の文がある。今回取り上げる一文である。

 

「跪(きびす)はやぶれて西行にひとしく、天龍の渡しをおもひ、馬をかる時はいきまきし聖(ひじり)の事 心にうかぶ。山野海浜の美景に造化の功を見、あるは無依の道者の跡をしたひ、風情の人の実(まこと)をうかがふ。猶、栖(すみか)をさりて器物のねがひなし。空手なれば途中の愁もなし。」

 

 芭蕉の文章には至るところに西行があり、至るところに禅の余薫がある。

 

 この文は解説を参考にしないとわかりにくい。「天龍の渡し」というのは、西行が天龍川の渡船場で、頭を鞭打たれて下船させられたが、仏道修行だとして少しも怒らなかったという「西行物語」の故事である。芭蕉は、かかとがやぶれて痛い時に、西行の「天龍の渡し」の苦しみを思って耐えているということである。

 

 また「馬をかる時は、いきまきし聖(ひじり)の事 心に浮かぶ」。これは、高野山の証空上人が、馬上から堀に落とされて大いに怒っていきまき、後に自らの愚かさに気付き恥じて逃げ帰ったという故事(徒然草百六段)を、自分が馬を借りて乗るときには思い出すということ。芭蕉はつねに、西行や徒然草によって自らを反省していることが窺われる。

 

 「山野海浜の美景に造化の功を見」とある造化とは、禅家においては仏性の言い換えであり、山野・海浜の美しい風景の背後に仏性を見て、大自然の成せるみごとさを思うということである。そして「あるは無依の道者の跡をしたひ」の中の「無依の道者」とは、臨済録にある「無依の道人」のことである。依って立つところを持たない真に独立した人間のことである。芭蕉は臨済録も読んでいたであろう。そのような人物を慕い、「風情の人の実(まこと)をうかがふ」ということであるから、風雅の人の真実に迫るということである。

 

 前者の「無依の道者」を「禅」と解釈し、後者の「風雅の人の真実」を「俳諧の道」と考えれば、禅と俳諧は一致し、「俳禅一味」が成り立つ。そしてその心は、次に「猶、栖(すみか)をさりて器物のねがひなし。空手なれば途中の愁もなし」と言うように、家も持たず、器物も持たず、手に何も持たずして旅を重ねて愁いもないという。まさにこれは禅者の境涯ではないか。

 

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