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2020.05.27 Wednesday

夢窓国師と鎌倉幕府滅亡への時代 夢中問答集より(三)

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夢窓国師と鎌倉幕府滅亡への時代

夢中問答集より(三)

粕谷要道

 時の最高権力者足利直義の要請で康永三年(1334年)に編集出版された仮名法語「夢中問答集」の作者臨済宗の禅僧・夢窓国師疎石(そせき)の現在伝えられている30歳頃までの略歴である。

 法号は夢窓、法緯は疎石、建治元年(1275年)生まれ〜観応2年(1351)没。鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗禅僧。

 生まれは伊勢国、(一部の資料には)三宅村。

 父は佐々木朝綱、母は北条(平)政村の娘。佐々木(六角)頼綱の兄・経泰の孫とある。幼少時に出家し、母方の一族の争い(霜月騒動)で甲斐国(山梨県)に移住する。1283年(8歳)に甲斐(現在の甲斐市)河荘内の天台宗寺院平塩寺(現在は廃寺)に入門して空阿に師事し、真言宗や天台宗などを学ぶ。1292年(17歳)に奈良の東大寺で受戒、京都建仁寺の無隠円範に禅入門。その後鎌倉へ赴き、円覚寺の桃渓徳悟、1299年(24歳)には建長寺の一山一寧のもとで首座を勤める、1303年(28歳)鎌倉万寿寺の高峰顕日に入門、1305年(30歳)に浄智寺で嗣法、印可を受ける。

 以上が夢窓国師が30歳で高峰顕日の印可証明を受けるまでのよく知られた略歴である。ただ、生まれてから8歳で空阿に師事するまでの略歴は資料が乏しく諸説あるようであるが、国師活躍の時代背景を知るうえで興味深いので、検索して調べてみることにする。

 生まれは伊勢国(現在の三重県の中央部にほぼ相当する)で、母は北条(平)政村の娘だとする説。名前は不明。ただ、後述するように北条顕時(1248〜1301)の略歴に、父;北条実時、母;北条政村の娘との記述がある。また、北条政村の略歴の子供;の項にも、北条実時室。の記述があり、「鎌倉、室町人名事典」「吾妻鏡」より。とある。

 

近江国と伊勢国を結ぶ鈴鹿山脈越えの千種街道

 

 三宅村については当時の地名に該当する場所、資料もなく、三重県鈴鹿市に三宅神社が現存するのみで、その近辺とも考えられるが確証はない。

 北条政村(1205〜1273)は鎌倉幕府2代執権北条義時(尼将軍と呼ばれていた政子の実弟)の五男である。平氏姓は初代執権頼政が名乗っていたようであるが、元来伊豆国の土豪であったとの説がもっとも有力である。

 政村の母は伊賀の方で、政村はまた3代執権泰時の異母兄。12代熙時、13代基時の曾孫でもある。

 政村のネット検索での資料、略歴には子供の項に北条時村、政義、政頼。はあるが、娘の名前の記載はないが上述の如く、北条実時室とあり、夢窓国師と北条顕時とはともに北条政村の母方の孫となるが、「鎌倉、室町人名事典」「吾妻鏡」ともに誤植、記載ミス、事実誤認はザラにあるようで、今後の研究課題であろうか。

 霜月騒動とは鎌倉後期、弘安8年(1285年12月14日)に鎌倉で起きた鎌倉幕府の政変である。8代執権時宗の死後、9代貞時の時代、有力御家人安達泰盛と内管領平頼綱の対立が激化し、頼綱方の先制攻撃により泰盛一族与党が滅亡した。弘安合戦、安達泰盛の乱、秋田城介の乱ともいう。

 伊勢国歴代守護一覧には鎌倉幕府の項に次の箇所がある。

 〇 1221〜1238 北条時房(北条時政の子、政子、義時の異母弟。)

 〇 1278〜1301 北条顕時(文永2年、1265年以前より左近将監として伊勢守護となるとの別資料もある)

 〇 1301〜1330 北条貞顕(顕時の子)

 〇 1331〜1333 北条貞冬(貞顕の子)

 既述のように、北条顕時(1248〜1301)の父・実時の室は政村の娘であり、顕時の母であるので、夢窓国師の母とは、姉妹関係になり、顕時が伊勢国守護の任期中母親と同居し、国師母子も伊勢国に住居したことを示す資料はないが、十分考えられることである。

 顕時は鎌倉時代中期から後期にかけての武将で北条氏の一門・金沢(かねさわ・かなざわ)流(ながれ)北条氏の第3代当主であり、金沢顕時とも称される。父実時は第2代当主で鎌倉幕府の重職を歴任したが、金沢文庫の創設者でもある。

 1285年12月14日の霜月騒動では顕時の正室が安達泰盛の娘・千代野であったため、 安達泰盛が霜月騒動で粛清されたことにより顕時は逼塞を余儀なくされたが、10歳前後であった国師と両親も騒動の影響を受けて。甲斐国へ移住することとなったのであろう。

 顕時はその後、第9代執権・北条貞時の信頼を回復して復権したのであった。(つづく)

 

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