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2015.09.19 Saturday

「座禅の効用」その12「人の香りが醸し出される効果」

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「座禅の効用」その12

 丸川春潭

【人の香りが醸し出される効果】

 この項目は、効果効用の表現にはなじまないことですが、三昧が身に付くということと密接に関連していることですので簡単に触れておきたいと思います。

 

 三昧が身に付いてくると、「我」を空ずることができるようになります。すなわちチッポケな吾我の念が出てきたとしても、その吾我の念がでてきたと云うことに直ぐ気がつき、それを即座に摘み取ることができる。すなわち吾我の念を空ずることができるのです。

 したがってチッポケな我欲に、知らず知らず引きずられ、人を傷つけ、自分を傷つけることを未然に自制することができるのです。

 もちろんこうなるには余程三昧が身に付き、しかも一日一炷香で、それを日々に新たにし、生き生きした三昧が身に付いていないとこうは参りません。

 

 人の香りは百人百様ではありますが、人としての香りがある人に共通して言えることは、チッポケな吾我の念が常に空じられている人と云うことが言えます。

 

 幾ら人間力があり、幾ら深い学識があり、目端が利いて頭が良いと云っても、チッポケな吾我が空じられていない人には、その人に香りというものはなく徳は付かないのです。

 すなわち人の香りとか徳というものは、我が空じられた状態になって初めてその人の香りが出てくるし、徳が香るというものです。

 

 人の香りにしても、徳にしても、本人はほとんど自覚しないものです。こういうものは、本人ではなく他人が気付くものです。

 

 「徳は孤ならず 必ず隣有り」(論語里仁編)という言葉がありますが、この徳は言葉で表現できるものではありません。

 徳はその人の香りとして発せられるものであります。この人の香りというものは、百人百様の個性から発せられる自然の存在感が雰囲気として香るものですが、共通して云えることは、三昧が深く身に付いた人格から出てくる雰囲気であります。

 顧みて恥ずかしい限りでありますが、また励みにもなる言葉であります。

 

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