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2014.07.15 Tuesday

在家禅とは

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在家禅とは

丸川春潭

 

 日頃から頭の隅で考え続けている課題があります。「在家禅は如何にあるべきか」というテーマです。最近、二つの書物に向き合う機会があり、改めて在家禅について考える機会を得ました。そして在家禅には、未来に向かって担うべき必然的な使命があると考えた次第であります。小生の考えを披歴させていただき、一人でも多くの諸氏が在家禅の使命について考え、ご意見を聞かせて下されば幸甚であります。

 

 先般、妙心寺派管長師家・河野太通老師と元臨済宗仏通寺派管長師家・対本宗訓氏(現内科医=僧医)の対談集『闘う仏教』を読む機会を得ました。また人間禅師家一宇庵小野円照老師著『勝鬘夫人の告白』(人間禅女性部製作発行)の一節に改めて触れる機会を得ました。

 先ず対談集ですが、太通老師が葬式仏教に埋没している現在の仏教寺院に対する不満と反省を述べておられるのが非常に新鮮でありました。エンゲイジド・ブディズム(社会参加仏教)について老師は次のように語っておられます。「仏教というものは、そもそも二千五百年前、当時の社会の批判勢力として生まれたものであって、「社会参加」は当たり前のことでした。今更のように「社会参加仏教」を掲げなければならないのは、いかに現代日本の仏教が社会と遊離した宗教であるかという証ではないか」(老師が会長をされている全日本仏教教会の会合での挨拶の一部)と述べておられます。

 また対談者の対本宗訓氏は、お釈迦様と同じように、衆生の「生老病死」の悩みに直接応えなければじっとして居れないと、臨済宗仏通寺派管長・師家の任務を放擲して、46才で医学の勉強に転身し、現在は内科医師一筋でロンドンに在住されています。

 さて、これに対して在家禅はもともと脱俗出家することなく市井の真っただ中で仕事をし、生活をしながら禅の修行をしているのですから、強いて「社会参加仏教」という言い方は不要なわけであります。禅僧の社会参加と在家禅者の社会活動とに本質的な違いがここにあります。

 また、我々の仲間には現在、禅の修行をしている医師(在家禅者)が17名おり、人間禅創立以来の65年間に医師を務めながら嗣法し、師家になっても医業を捨てなかった方が3人おられます。管長と師家の任を止めて医業に転身された対本宗訓氏の生き方と人間禅のように最初から最後まで両方を担い続けるのが当たり前であるという点において明確な違いがあります。

 太通老師も対本氏が尊敬されるマザー・テレサも、宗教者が社会に出て、宗教者として働き、世のため人のために身命を擲って救済に当たられるのであり、あくまで宗教者の立場であります。江戸時代中期の白隠禅師も出家僧ですから「妙峰頂幾たびか下る。」と云われているのであります。それは菩薩行と呼ぶに相応しいのでありましょうが、脱俗出家者あるいは聖職者の立場であって、庶民大衆から離れたところから下りてくるのであります。在家禅者は、居場所が十字街頭にあり、娑婆即妙峰頂であり、幾たびか下りてきてということではないのであります。

 

 ここで本格の在家禅存立の条件について述べておきたいと思います。第一は、その会が正しい法脈による仏祖の慧妙を明らかに嗣法しているかどうかであります。人間禅は、円覚寺の蒼龍窟今北洪川禅師、楞迦窟釈宗演老師、両忘庵釈宗活老師の法系の元で、人間禅創始者の耕雲庵立田英山老師には、両忘老師の印可証明が明確に現存しております。そして耕雲庵老師を起点にしての嗣法者は、人間禅創立65周年の今年まで36人を輩出しており、現在17人生存し、そのうち13人が師家職に任ぜられております。一言で言えば、人間禅には正脈の法が明確に伝わっているということであります。

 在家禅存立の第二は、生きた組織としての僧伽があるかどうかです。すなわち人間形成の禅を修する人がおり、修行実践が継続できる組織(僧伽)が形成できているかどうかであります。僧伽を構成するものとして、〜反サ定∋化犬垢訖有K,魑麝箸垢詁団蠅両貊蝓米讃貪)の三つが必要であります。

,砲弔ましては、人間禅の場合、『要覧』という極めて画期的な会規・施行細則(法と事務とを明確に分離し、事務の面においては組織内民主主義を導入し、合議制と多数決方式で運営する規則)を持っており、年に一度法務員会と評議員会が開催されております。△砲弔ましては、人間禅の傘下に本部以下16支部8禅会4静坐会があり、平成25年年度初めで会員639名、名誉会員275名、KUJ静坐倶楽部会員123名が参集されております。につきましては、16支部の内14支部が、8禅会のうち3禅会が自前の道場を持ち、それ以外は借用して対応しております。

 在家禅存立の第三は、本格の禅の修行がなされているかということと、その質的レベルが堅持されているかどうかであります。僧堂からは在家禅をアマチュア視する向きもあるのかも知れませんが、我々は決してそう思ってはおりません。法の挙揚は各支部ごとに一年間で一週間の摂心会が3回開催されるのを標準にして、年間計画の元に参禅弁道を厳修しています。そして耕雲庵老師の云われたように「人物ができ上がらなければ、人間禅をぶっ潰せ!」「法の扱いにおいては人情涓滴も施すな!」が規範であり、質の点で些かの遅れがあってはならないのであります。また第三世総裁磨甎庵老師の口癖のように云われた「見 師に等しきは師の半徳を減ず、見 師に勝りて初めて伝授するに堪えたり」で、厳正に法を挙揚していると自負しています。

 確かに職業を持ち家庭を持って、社会人として生活するだけでも大変な時代であるし、僧堂のように24時間×365日において専一に修行に打ち込めたとしても伝法は容易でないことから、社会人との掛け持ちの修行で、伝法の禅を永遠に進展するということは、容易なことではありません。

 現在の人間禅の師家13人の師家分上(嗣法)への平均修行歴は40年を要しています。これは僧堂に於けるものより数倍長いのではないかと推定しますが、やむを得ないことだと考えております。ただ云えますことは、僧堂に於ける禅の修行は、室内が終わってからの聖胎長養の年月が、大燈国師の二十年の例に見られるように長いけれども、在家禅の場合には、参禅弁道と聖胎長養が同時並行して進めていると考えられ、聖胎長養は欠くべからざるものではありますが、僧堂に比べては短年月でも良いと考えております。

 食輪の面、経済的な観点におきましても、檀家を持たず、僧堂のような講中(篤志家の拠金制度)も脆弱な在家禅においては、会費制が食輪の柱になり、会員各個人の経済的負担も容易なことではありません。

 斯くの如く一つでも困難な荷物を、二つ共に両肩へ担うわけですので、安易に取り組むと両方とも未達になりかねないという自戒を常にしなければならないのが在家禅の宿命であります。例えば、「坐り方が足りない!」ということにしても常に額に貼り付けて自戒しなければならないし、それを補う工夫をしっかり実践する必要があります。また経済的な点でも家族の理解がなければ継続はできません。仕事の面においても生き馬の目を抜く厳しさの真っただ中で、火裡の蓮になって立ち向かって行かねばなりません。

 すなわち本物の在家禅者は、自分が携わった職業において、人間形成の禅で身に付けた人間力と見識で、社会的にいわゆる出世するとか名が世に馳せるとかに関係なく、本物の仕事を残すことができるはずであります。その良い事例を、最初に掲げたもう一つの書物『勝鬘夫人の告白』から引用してご紹介します。(この本は平成25年度から擇木禅セミナー人間禅女性部主催の勉強会講本として使われています)

 「政府も財界もまた一般国民も、福祉政策を重視していますが、日本で最初に福祉施設をつくったのは聖徳太子であります。しかも聖徳太子の福祉事業の根幹になっているのが勝鬘経であり、勝鬘夫人の十大受であります。この意味では、夫人の十大受こそわが国における福祉事業の原点であります。

 聖徳太子は十大受を体し、四天王寺を造営するに当って中央に敬田院を造られ、その周辺に悲田院、施療院、施薬院を造営されました。この周辺の三院は今日いうところの福祉施設でありますが、全体のかなめに敬田院を造られたのは、永く正法を摂受するためであります。そこで聖徳太子の福祉政策を全体から眺めますと、正法を摂受して普く衆生を救済するという、勝鬘夫人の誓いがそのまま現われています。そして太子の精神を受けついで、仏法を基本とする諸種の福祉事業が日本では行なわれてきました。昨今、原点に帰れということがよくいわれますが、現在重視されている福祉政策も一度原点に帰って夫人の十大受から出直す必要がありはしないでしょうか。

 というのは、人間らしい生活をするためには物・心両面から福祉政策を進めなければなりません。聖徳太子は勝鬘経によってこの精神を体得され、四天王寺の造営によって具体的にその模範を示されたわけであります。わが国における社会福祉事業はその基盤をここにおいていることを忘れてはなりません。

 近代になって社会福祉事業といえば、資本主義経済の発展の過程において、自由競争から脱落したものを救うという、物質本位の考え方がありました。日本にもこういう社会福祉の考え方がはいってきて、つい最近まで金銭で補助、補償をすれば事足りるような安易な考え方がありました。しかし最早、安易な対策ではすまされなくなってきました。そこで人間優先とか人間の幸福とか、次第に社会福祉が高い次元に押し上げられて来はじめましたが、さらに高い目標を追及し勝鬘夫人の十大誓願までいかなければ到底人間を救済し、福祉国家をつくることはできないと思います。このため、勝鬘夫人の獅子吼は過去のものではなく、今日も生き生きと脈うっていることを忘れてはならないでしょう。(勝鬘夫人の十大受についての解説は此処では割愛します。是非本書をお読み頂きたいと思います。)

 この本は平成3年に帰寂された人間禅師家一宇庵小野円照老師の著書であります。老師は、山陽新聞社論説主幹、岡山経団連専務理事を歴任された方であり、この著書は、日本の高度成長の只中である昭和40年代に著されたものであります。引用しました一節は、正脈の嗣法者として禅の玄旨に深く通じ且つ社会人としてのジャーナリストの道を究めた見識から著されたものであります。実に半世紀を経た今日に至るも色褪せることなく、いや益々今日の日本社会の課題の核心を突いた提言であります。これぞ在家禅の真骨頂というべきものであり、社会参加仏教ではこのような見識は極めて出し難いというものでしょう。

 禅の修行をし、且つ社会人としてそれぞれの持ち場・役柄で、禅者ならではの働きをする。禅者が会社員として、経営者として、研究者として、主婦として、芸術家として、医師として、学校の教師として働き出す。禅によって人間形成の修行をしている在家禅者ならではの見識と行動が、それぞれの道においてできるのであります。

 在家禅者は、社会活動(仕事)に追われて修行が停滞するということも、修行にのめり込んで仕事が疎かになるということもあってはならないし、また単に修行に偏らず社会活動に偏らずというような腰の引けた取り組みではなく、修行に全力で打ち込むことによって人間形成が進み、それによって社会活動において個性溢れる良い仕事ができ完全燃焼することができるようになるのであります。

 確かに歴史の流れから見ると、禅の本流は未だ既成の僧堂にありますが、未来に向かっての新しい時代の禅は、人間形成の在家禅が担うべきであると確信するのであります。すなわち歴史的な経緯はさておいて、仏教というもの、とりわけ人間形成の禅というものは、世事に染まることを嫌い人里離れたところに逃避して、衣食住の糧を他に依存して、そして山を下って「社会参加」するのではなく、市井の真っただ中で修行をして人間力を付け、人間形成をして本当の人生を味わいつつ、世のため人のために尽くしていくという「在家禅」こそが、新しい時代の禅を担う本命であるべきだと考えるのであります。

 したがって伝法を含めた法の上においても、我々こそが正脈の法を永遠に進展せしめるのであるという確固たる決意とその裏付けとなる努力が必要であります。専門道場に比し、坐る時間が短い、参禅弁道の機会が少ないということを忘れず、工夫してこれを克服しなければなりません。在家禅者にとって如何に一日一炷香が重い物であるか、改めて認識し直さなければならないのであります。

 またこの現実の娑婆を正しく、楽しく、仲の良い世界楽土に向けて進めて行けるのは、市井で「両刃鋒を交えて避くることを須いざる」在家禅者しかいないという自負を持たねばなりません。しかし自負は持たねばなりませんが、既成の僧堂の方々もそのお立場で懸命に努力をされておられることもちゃんと評価しなければなりません。既成の僧堂禅と在家禅とそれぞれの立場をお互いに認め合いお互いの長所を認識し、お互いに把手共行して行くことが、これからの時代には更に大切になると考えます。

 現在(7月中旬)は参議院選挙戦の最中でありますが、選挙後の政治はどう動くのでしょうか?政治がどう動いたとしても、社会がどう変動したとしても、その変動する社会の中に居ながら、不変なものをしっかりと見据えていなければならないのであります。不変なものをしっかり堅持しているからこそ、あらゆる社会状況・政治状況においても、その社会・政治と不即不離で対応することができるのであります。我々でなければできない自分達の本分をしっかり認識しておかねばなりません。人間禅は生粋の在家禅であります。我々一人ひとりは新しい時代の人類の模範たるべき在家禅者であります。合掌

 

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