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2020.06.30 Tuesday

立石寺(りっしゃくじ)

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立石寺(りっしゃくじ)

杉山呼龍

 

 芭蕉がかの有名な俳句を詠んだところは、どんな場所だったのかを知りたくて立石寺に行ってきた。仙台駅から山形方面に向かって仙山線に乗って小一時間、途中から山奥の深山幽谷といった風景になり、列車は溪谷を過ぎてトンネルを抜けると山寺という駅につく。ここは地名も山寺で「山形市山寺」という。お寺の正式名称は天台宗宝珠山立石寺、慈覚大師円仁によって貞観2年(860)開かれたという。山全体に伽藍が建てられていて歴史と深い信仰心を感ずる。麓の山門から頂上の奥の院まで石段が1015段あり、この日は神経痛も調子がよかったので何とか登りきった。コロナ禍の影響もあるのか、少ないながら登山者を散見した。

 芭蕉一行は、立石寺に至る前、仙台、松島、平泉と来て尾花沢で鈴木清風という人物を訪ねた。彼は地元の紅花問屋の富商で談林派の俳人であり、時々江戸へも出かけ芭蕉とは旧知の仲であった。彼は富裕の人であったが、志が高く人の情けを知り、長旅の芭蕉らをいたわり、さまざまにもてなしてくれた。芭蕉はたいへんくつろいで俳句を作った。

 

涼しさを我宿にしてねまるなり

 

 芭蕉らはそこで数日を過し、地元の何人かの俳人と交わった。誰に言われたかは分らないが、山形領に立石寺という山寺があり、平安時代からのお寺で慈覚大師の開基で、幽邃で清閑、すばらしところだと聞き、予定を変更して南下すること28キロ(七里)、館岡、天童などを通り日暮れの前に着いた。麓の宿坊に宿を借りて山上の堂に登った。現在の麓は観光地化していて、そば屋なども多いが当時は江戸初期の元禄2年、山道は鬱蒼とした昼なを暗き森林であったろう。芭蕉は書いている。「岩に巌を重ねて山となし、松柏 年旧(ふ)り、土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉じて、物音きこえず。岸(崖のこと)をめぐり、岩を這(は)いて、仏閣を拝し、佳景寂莫(かけいじゃくまく)として心すみ行くのみおぼゆ。」

 

閑さや 岩にしみ ( いる )  蝉の声

 

(写真は芭蕉像と立石寺全景)

 

 

 

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