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2020.07.18 Saturday

一日一炷香(数息観座禅)の質を高めるために

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一日一炷香(数息観座禅)の質を高めるために

丸川春潭

 人間形成の禅に参じて60年を超えて禅の修行の全貌が見えて来出した、という感じを最近持っています。

 新到者の方に対する師家面談で、修行には数息観座禅の道力を付ける修行の輪と公案修行の道眼を開き磨く修行の輪との両輪があり、これが揃って回転することによって人間形成の道が進むのですと説明をしています。

 しかし最近つくづく思いますのは、両輪とは云え座禅を組んでの数息観座禅修行の方が、ウエイトが非常に大きいということです。従って最近は単なる両輪という言い方ではなく、数息観座禅修行は駆動輪に該当すると云っております。通常の車は後輪が駆動輪であり、前輪はハンドルと繋がって方向を決める機能を持っています。そこで公案修行はその前輪に該当するという言い方をしています。

 いくらハンドルさばきの技術が卓越していても、後輪からの駆動力が弱ければ車としては頼りないものになってしまいます。自利も利他も駆動輪が弱ければ進展することがおぼつかないというものです。

 自分の若い頃も含めて在家禅者はこの駆動輪の馬力が弱いと近年段々その思いを強くしています。20年、30年と公案修行を続けておれば、ハンドル操作を修得することはある程度できるようになりますが、駆動輪の馬力をつける修行の方は公案修行のように積み重ねがあまり効いていないと云うことに最近気が付きました。すなわち座禅修行によって道力を付ける(駆動力を増強する)ことは修行歴にあまり比例して付いて来ないということが現在の人間禅の実態なのです。言い方を逆にすると、レアケースですが5年くらいでも始める前に比べて見違えるように駆動力を付けてきている人がいます。一方、20年30年の修行歴を積んでも駆動力が付かない人がかなりいるということです。

 耕雲庵英山老師は『数息観のすすめ』で、一日一炷香を続けることを強調され、忙しいときでも半炷香にしても継続するようにとおっしゃっています。そして耕雲庵老師を始めとする歴代の人間禅の師家方が異口同音に一日一炷香を推奨されて来られました。その叱咤激励のお陰で、20年30年と修行を続けている学人はそれなりに一炷香の実践は継続できていると思います。しかし駆動輪の馬力が20年30年経っても付かないというのは、日常における数息観座禅のやり方が何か足りないと考えざるをえないということです。すなわち一日一炷香の数息観座禅実践の質に問題があるということです。

 人間禅(在家禅)での師家の学人(修行者・弟子)に対する直接的指導は公案修行すなわちハンドルさばきに関する指導がほとんどであり、駆動輪の馬力を付ける数息観座禅修行(一日一炷香)についてはほとんど本人任せになってきています。これは人間禅創始以来の72年間も含め、明治8年の両忘会設立(在家禅の始まり)以来140数年の伝統がそうなっているのです。

 公案修行が一渡り目処が付いた20年前くらいに、数息観座禅の質を上げて三昧をもっと深めなければならないと自覚し、そのための方策をいろいろ工夫しました。その為のヒントにしたのがNHKの「ためしてガッテン」(健康のために体重を減らす方法として体重を朝晩測定して記録すること)でした。一日一炷香を自分で評点して記録する、面白いことに記録すると自然にもっと良い点を取ろうという向上心が出てくるのです。何度も評点基準を変えながら今の評点基準になってきています。この数息観の評点基準と評点表は、自分の実践経験から駆動力を付けるのに間違いなく効果があると確信しています。これをやり出して5年くらいして師家になったのですが、自分が食べて本当に美味しかったから是非食べさせたいとぼつぼつ周辺の人にこの数息観評点を勧めて来ました。しかし最近になってこれを毎日使って坐っていても駆動力の馬力が付いていない人が結構いることにだんだん気が付いてきました。すなわち小生はうまくやれて効果は著しかったのですが、かなりな人には何かやり方がうまくいっていないようだということが判ってきました。

 そこで次に評点の実態をつぶさに点検しコメントを介して駆動輪の馬力を付けるためのアドバイスを昨年末から一部始めて来ました。

 数息観の三昧という最もアナログな対象を数値化することも非常識ですが、それをタネにして人間形成の根幹にメスを入れるような無謀なことを敢えてやっているのです。また今までの伝統に逆らって、師家が学人の駆動輪のレベルアップに手を出そうと思い上がったことをしているのです。戸惑いを感ずる人が出てくるのも当然だと思いますが、何とか熱心に修行を続けている人には駆動輪もしっかり馬力を付けて欲しいと願って勧めているのです。

 これをやり出して早いところでは半年以上経ってきました。未だ短い期間ですが、想定以上に面白いというのか意味深いことが判ってきました。我々の禅は人間形成の禅であり、目標は人間形成です。公案修行だけでは隔靴掻痒の感がしていたのですが、修行者の裏からも見られる感じで、表の公案修行と相まって学人の全貌を立体的に把握できるという感じがしてきています。当然、より適切な人間形成のための指導ができるはずであります。これがもし軌道に乗ることになれば、駆動輪の馬力を付ける方策を在家禅において確立することができ、人間形成の禅に力強い展望を開けると内心思っているのです。しばらく続けてみたいと思います。

 

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