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2020.08.17 Monday

「究極の支え」

 

「究極の支え」

廣内常明

 

 人間禅「立教の主旨」の第一番目は【人間禅は、自利利他の願輪を廻らして、本当の人生を味わいつつ、世界楽土を建設するのを目的とする】であるが、素晴らしい人生観であり世界観であると思っている。

 そしてその内の、自利を「個々人が大安心を得て天寿を全うする」、利他を「他の人々(人類)が大安心を得てその天寿を全うする」と心得て工夫している。

 

 「天寿を全うする」には、小生の個人的な思いが含まれているかも知れない。

 

 実は、小生の母親は70才後半から徐々に体が不自由となり、H8年に92才で亡くなるまでの数ケ月間は臥しきりの身となった。 自宅で死にたいという強い希望があり、それに従った結果となった。

 

 母親の介護には、家内には特に世話になった。

 気丈夫な母は死ぬまでシャンとしていて、他に迷惑を掛けてまで生きることを望まなかったと思う。自殺(自死)を如何に防ぐか、“天寿を全うするんやで”と、母親にはっきり分かるように言ったものだ。

 

 家内は日常の介護の他に、母親の好きな三橋美智也の曲などの入ったエンドレステープを作り流し続けることを工夫してくれた。随分と癒しになったに違いない。

 

 “死ぬ時は、そばに居ってな” と頼んでいたその孫娘に手を握られて、母は息を引き取った。その末期に小生も居合わすことが出来た。天寿を全うできたのではないかと思う。

 

 序に、母親の思い出を少しだけ。

 四国は土佐の高知で明治生まれ、大学出(国文専攻)は丹波の片田舎では珍しい。引き揚げ家族で戦後の貧しい時代、生き残った小生を含む4人の子供(男ばかり)を育て上げ、自分の責務とばかり皆、大学を卒業させた。

 

 何かの折に、臥している仏間の鴨居に掛けてある くずした4文字の額に目がとまり、“あれ何と書いてあるんや”と聞いたことがある。“「心無罣礙(しんむけいげ)」と読むんや”と言って、説明してくれたと思う。

 

 臥しながら、ずっとその額を見ながら、「心無罣礙」を目指し、母なりに安心を得ていたに違いないと思う。その額は、今も同じ場所に掛けてある。

 

 額といえば、磨甎庵老師のご本からの引用であるが、小生が下手な字で半紙に書付け、額に収めたものがある。次のようなものである。

 

 【自然が持っている本来の理法・・・人間としての最后の究極の支えというものは、この自然の理法を離れはしない。

 これは人間の造ったもの、人為的なものではない。人間がそれを知ろうが知るまいがそういうことには関わりなく厳然として実在し不生不滅である。

 人間の道というのは、その理法を自分自身と不二一如として読み取ってそして人間としての姿においてそれを表現するということである。昭和63年10月2日 常明 謹書】

 

 この一文、「究極の支え」とでも名称したいが、「これだ!!」と感じ入り、毛筆で認めた記憶がある。生物学を専門としていた小生にとって、科学と禅修行の接点ともいえる一文である。

 

 大脳を発達させた人類は、その持つ特性を活かし、お陰様で、快適な文明生活を味わえる時代となった。現代は、禅が発達した唐や宋の時代に比して、地球はグローバル化し断然小さくなり、今や一国だけがどんなに頑張っても安全な豊かさを維持できる時代ではなくなった。

 

 人類全体が、同乗している「惑星地球号」の認識が不可欠である。

 

 また、生存し続け得た生物は一種もなく、ホモ・サピエンスもいずれは絶滅するに違いない。

 が、今 指摘されているのは、隕石の落下といった自然災害に因るのではなく、人類が発達させた文明故に自滅すると云う。故に現代は、ホモ・サピエンスという頭脳が発達した愚かな生物が繁栄し<そして自滅した?!・・・>時代として、「人新世」として区分すべきだと提唱し、警鐘を鳴らしている。

 

 この自滅は、その原因を作った人類ならば、避けられる筈である。自然な絶滅は致し方がないとしても、自滅と云うのは、ホモ・サピエンスの名において、避けねばならない。

 

 

 人類の大安心、人類の天寿を達成させるための、拠って立つ基盤をどこに見出せばいいのか。先に挙げた、一文「究極の支え」の中の、‘人間’を‘人類’と置き換えるだけで十分であると思うがどうであろうか。

 

 「個々人が大安心を得て天寿を全うする」、そして同時に、「他の人々(人類)が大安心を得てその天寿を全うする。」その為の禅の修行と心得ている。

 

 と言って何も特別なことはない。

 一人一人が小さな自我の殻を削ぎ落し、本来の宇宙的実相に目覚める、只 それだけである。

 

 【自利利他の願輪を廻らして、本当の人生を味わいつつ、世界楽土を建設する。】

 

 甚だ遣り甲斐のある業ではないか。

 

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