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2020.10.09 Friday

夢窓国師出生の周辺(五)日本の禅と中国の五家七宗

 

夢窓国師出生の周辺(五)日本の禅と中国の五家七宗

粕谷要道

 夢窓国師の父方のルーツは平安時代の第59代宇多天皇(867∼931)を祖とする、宇多源氏とされるが、前回紹介したように、源氏賜姓による皇族から臣籍への降下の始まりは、平安時代前期、第50代桓武天皇(737∼806)の第二皇子で、後の第52代嵯峨天皇(786∼842)の時代に遡る。
 また、嵯峨天皇の皇后である橘嘉智子(檀林皇后786∼850)は日本で初めて禅院・檀林寺を現京都天竜寺(南北朝時代に夢窓国師が開山)の建つ地域に建立したことでも知られる人物で、中国禅宗、馬祖下の塩官斉安禅師(杭州塩官県海昌院の斉安国師)を招聘したが、国師の推薦で、承和14年(847年)に斉安門下の禅僧義空を請じ、数年にわたって禅院での指導にあたらせ、自らも帰依したという。
 昭和36年発行の白田劫石著『禅の話』第五章 禅の歴史 1)中国の禅―五家七宗―2)日本の禅 の項において、次の記述がある。
 「我が国に禅が伝えられたのは大分古く、伝教大師(最澄766∼822)が、牛頭(ごず)禅を伝えたことがすでに、『仏法血脈譜』にみえ、橘皇后(檀林皇后)や慈覚大師(円仁794∼864第3代天台座主)も禅を伝えたといわれています。」とある。
 また、同書では禅が日本に本格的に根を下したのは鎌倉時代前期、明庵栄西(1141∼1215)が入宋して、黄竜第八代の法孫虚庵懐敞(こあんえしょう)に五年間随侍してその法の源底をきわめ、建久二年(1191)に帰朝し、これを請じて北条政子(尼将軍・鎌倉幕府初代将軍源頼朝の室)が頼朝没後、鎌倉に寿福寺を、鎌倉幕府2代将軍源頼家が京都に建仁寺を建立して、比叡山に対して禅の法城たる鎌倉五山、後の京都五山の基が定立されることになった。
 永平道元(1200∼1253)は、貞応二年(1223)に入宋して長翁如浄の法を嗣(つ)ぎ、安貞元年(1227)に帰国して、16年後の寛元元年(1243)に越前に永平寺を建て、曹洞宗の礎を築く。
 道元禅師の入宋に遅れること十数年、鎌倉中期の仁治二年(1241)に円爾弁円(1202∼1280)は無準師範に嗣法して帰朝、東福寺の開山となり、引きつづいて蘭渓道隆(1213∼1278)は寛元4年(1246)に来朝して、建長5年(1253)鎌倉建長寺(開堂導師・蘭渓道隆、開基・北条時頼)の開山となり、さらに兀庵普寧(ごったんふねい1197∼1276)は文応元年(1260)に、来朝し、同じ南宋から来朝した蘭渓道隆の後を受け建長寺2世住持として5代執権北条時頼の参禅を受ける。後に普寧は時頼が死去すると、帰国。
 文永4年(1267)大休正念(1215∼1290)が8代執権北条時宗の招聘で来日、鎌倉浄智寺を開創、鎌倉に長くとどまり、時宗初め子の貞時、弟の宗政など鎌倉武士を感化。同年、南浦紹明(大応国師)、宋より帰国。
 文永6年1275年、元軍(蒙古軍)が南宋に侵入すると、温州能仁寺に避難していた無学祖元は北条時宗の招きに応じて弘安二年(1279)に来朝、鎌倉円覚寺の開山となり、帰化して臨済宗無学派(仏光派)の祖となる。
 一山一寧(1247∼1317)は正安元年・元の大徳3年(1299)に元の成宗の国書を帯びて、西癇子曇(1271年に来日経験。)を伴って来朝する。一時幕府に幽閉されるなど、法難を受けるが、草庵を結んで上下の道俗を接化するなど正統の臨済禅興隆に尽力する。応永元年(1293年)9代執権北条貞時は建長寺に迎え参禅、正和2年(1313年)には後宇多上皇の懇請に応じて上洛し南禅寺第3世となり、1317年同寺で病没。
 等があって、南北朝時代をへてその後の室町の禅文化の最盛の基礎がつくられることになった。
 これらの禅僧はたいてい臨済宗・揚岐派であった。
 今、我が国に移入された臨済関係の七流十四派は、その後、歴史的に多くの盛衰消長をへて、今日に到る。現在臨済禅といって私たちが参じているのは、その中でも主として南浦紹明(大応国師1235∼1308)−宗峰妙超(大燈国師1282〜1337)―関山慧玄(関山国師1277∼1360)の法統といってもよいと思われる。としている。
 人間禅の公案集『瓦筌集(がせんしゅう)』には、前述の北条時宗(鎌倉幕府8代執権)が中国より招請した無学祖元(仏光国師1226∼1286)―高峰顕日(仏国国師1241∼1316)―夢窓疎石(夢窓国師1275∼1351)と法統が続く両禅者の出会いが公案として挙げられている。
 〇関山国師、因みに夢窓国師の上堂に会う。乃ち出てて問う、「金翅鳥王(きんしちょうおう)宇宙に当たる。天竜何れの処に向かってか回避せん?」窓、即ち頭に袈裟を被(こうむ)って椅子下に隠る。山即ち礼拝す。
註)
金翅鳥王;竜を餌食にする、中国の伝説上の怪鳥。
天竜;嵯峨野天竜寺開山の夢窓国師のこと。

 

中國での五家七宗の禅と仏教の主な流れ

 

西暦前463年 釈尊ルンビニ園で生まれる。
西暦前383年 釈尊クシナガラで寂(80歳)その後
ラージャクリハで仏典の第一次結集が行わる。
前4世紀後半荘周活躍。
西暦前268年 アショカ王(阿育王)即位、仏教保護。(中国・秦)
西暦150年 竜樹生る。(中国・前漢、後漢、三国時代、晋と続く。)170年提婆生る。310年無着(マサンガ)生る。320年 世親生る。(中国・東晋の時代)
西暦399年 法顕インド旅行に出る。410年 亀茲(きじ)―かつて、中央アジアに存在したオアシス国家。新疆ウイグル自治区アクス地区クチャ県(庫車県)付近、タリム盆地北側(天山南路)に位置した。玄奘の『大唐西域記』では屈支国(くつしこく)と記されている。―の鳩摩羅什、長安に来る。413年60歳で没。
西暦417年 北魏の文帝、仏陀禅師のために嵩山少林寺を建立。
西暦420年 〜南北朝、北魏、宋、斉、梁へ
西暦504年 梁の武帝、仏教に帰依、江南で仏教盛んになる。516年 洛陽で永寧寺建立、経論翻訳の根本道場となる。
■536年 禅宗初祖菩提達磨寂。(宝林伝)
(『禅の話』では532年帰寂。『五燈会元鈔講話』芳賀洞然著では生没年不詳)
その他、諸説あり。
西暦542年 中国浄土教曇鸞寂(67歳)。
西暦549年 梁の武帝没(86歳)
西暦577年 中国天台宗、南岳慧忠没(63歳)
■580年 四祖道信生る。
■593年 二祖慧可寂(年齢不詳)。(前年より中国で、文帝の隋成立。)
厩戸王(聖徳太子、推古帝摂政に就任)仏教を保護。

 


 京都・天竜寺庭園、嵯峨野、嵐山


西暦597年 天台智攫筺
■606年 三祖僧璨寂(年齢不詳)。
■602年 五祖弘忍生る。
(煬帝、613年まで在位、唐の高祖即位)
西暦623年 嘉祥大師吉蔵(中国三論宗の大成者)寂(75歳)
■636年 四祖道信(56歳)、五祖弘忍(34歳)とともに、東山法門・東山宗と称される。(唐・太宗)
西暦612年 牛頭法融(594年生まれ)茅山に上り旻法師に出家。
■638年 六祖慧能新州に生る。
西暦640年 西蔵(チベット)に中國とネパールより仏教伝わる。
西暦643年 牛頭法融、牛頭山幽棲寺北巖下に禅室を建てる。
西暦645年 玄奘インドより帰る。
西暦647年 牛頭法融、法華経を講ずる。(唐・高宗)
■651年 四祖道信寂(72歳)。
■653年 日本の道昭、定慧ら13人入唐。道昭留学中、玄奘の勧めで二祖の法孫・隆化寺の慧満に参禅)(『続日本紀』)。
西暦657年 牛頭法融寂(64歳)。
■661年 六祖(23歳)、黄梅の東山に五祖弘忍(59歳)に参禅。
■662年 道昭、唐より帰国して、元興寺(飛鳥寺・法興寺)に禅院を建立。680年天武帝の勅命で往生院を建立。(『続日本紀』)
西暦664年 玄奘寂(63歳)。670年 荷沢神会生る。
■674年五祖弘忍寂(74歳)。676年 六祖慧能、広州法性寺で剃髪。677年南岳懐譲生る。
■700年 法相宗道昭(日本法相教学初伝。日本禅宗初伝)寂(72歳)火葬の始まり。石頭希遷生る。(文武帝・大和時代)
西暦701年 神秀、則天武后に謁す。706年神秀寂、大通禅師と諡す。(禅師号の始まり。)
■713年 永嘉玄覚寂(39歳)、六祖慧能寂(76歳)
■804年、空海、福州に至る。最澄・義真、明州に至る。最澄、禅林寺で牛頭禅の禅法を愛く。空海、北宗禅を学ぶ。石頭希遷、無際大師と諡(おくりな)される。南岳懐譲(六祖慧能の法嗣、馬祖道一の師)、大慧禅師と諡される。
西暦827年 洞山良价、嵩山で受戒。828年薬山惟巖寂(84歳)。829年石霜慶諸、嵩山で受戒。洞山良价、雲巖曇晟に会う。
■830年興化存奨生る。
西暦834年南泉普願寂(87歳)。
■835年空海(真言宗開祖)寂(62歳)道吾円智寂(62歳)。玄沙師備生る。
西歴838年 円仁、揚州に至る。雪峰義存落髪す。
西暦839年 大梅法常寂(88歳)。曹山本寂生る。
■842年 塩官斉安国師寂。黄檗希運、洪州龍興寺に住す。□会昌の法難始まる。
西暦845年 仏寺を排合。僧尼を還俗せしめる勅下る。洞山良价、山西省箕州に隠る。
西暦846年 唐の武宗、崩ず(33歳)。宣宗即位し、破仏止む。
■847年 宣宗、仏教復興の勅を出す。円仁唐より帰り大宰府に至る。
西暦848年 黄檗、宛陵開元寺に住す。852年 洞山良价籏州新豊洞(洞山)に入る。
西暦853年 偽山霊祐(偽仰宗開祖)寂(83歳)
■857年 義玄、河北真定府の臨済院に住す。
西暦860年 鎮州普化寂。黄檗希運寂。
西暦861年 雪峰、徳山宣鑑に参じ大悟。
西暦862年 大慈寰中寂(83歳)。864年 円仁(天台宗)寂(72歳)。臨済義玄洛陽に遊ぶ。
西暦865年 徳山宣鑑寂(84歳)。曹山本寂、洞山良价に会う。
■867年 臨済義玄寂。本寂、曹山に入る。
西暦869年 洞山良价寂(63歳)。870年 義存、福州象骨峰に入り、雪峰と名づく。裴休寂(74歳)
西暦877年 大慈寰中、性空大師と諡(おくりな)される。879年 慧寂、袁州仰山に入る。
西暦881年 夾山善会寂(66歳)。882年 僖宗(きそう)雪峰義存に真覚大師の号を賜う。
西暦883年 仰山慧寂寂(77歳)。885年 法眼文益生る。
西暦887年 岩頭全奯(がんとうぜんかつ)寂(60歳)。888年 石霜慶諸寂(82歳)。興化存奨寂(59歳)秘魔巖常遇寂(72歳)
西暦896年 風穴延沼生る。
■897年 趙州従諗寂(120歳)。898年 香厳智閑寂。901年 曹山本寂寂(62歳)。903年 雲居道膺寂(68歳)
西暦906年 長慶慧稜福州招慶寺に住す。
以後、省略。
参考文献;
白田劫石著『禅の話』(池田書店)
『新版禅学大事典』(駒沢大学禅学大辞典編纂所・大修館書店)
『五燈会元鈔講話』(芳賀洞然著・淡交社)など。

 

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