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2013.11.07 Thursday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(14)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―14)―

丸川春潭

 秋桜(コスモス)も秋の代表的草花です。

 ギリシャ語・英語での意味は宇宙です。秋桜が「美しい秩序」の花言葉からコスモス(宇宙)というなになったようです。

 近年は、休田補償の田圃に植えられて、楽しませて頂いていますが、休田補償がなくなりそうで、秋桜田圃も無くなりそうですかねエ。

 秋桜は一本でも美しいし、群れても目を見張るような美しさがあります。また花もさることながら、その姿が美しい。小生の好きな花です。

 

 前回までは、一日一炷香の短期的・長期的効果について述べました。

 今日は、一日一炷香の取り組みの狙いに二つあることを小生の最近の日常を元にお話しします。

 

 一つは、前々回の一日一炷香の短期的な効果狙いと関連したもので、数息観座禅の現状の三昧レベルを回復保持するための一炷香座禅であります。

小生の場合、このための座禅は30分でも十分目的を達することができます。

 

 しかし以前にも申しましたように、座禅を開始した直後の数分間は、自分の現状レベルの三昧レベルより低い、集中力のない状態です。小生の場合開始当初は70点レベルですが、それが30分以上の座禅になると大体80点レベルになります。これが現状三昧レベルの回復保持できた状態です。

 

 これに対して、自分の現状レベルから向上しようとする場合は、一炷香では足りないのが実感です。すなわち80点を85点に向けて向上しようとすると、急に困難となり骨折りを必要とします。(評点は主観評価であり、絶対値は気にしないで、その傾向に注目下さい。)

 

 数息観評点記録を小生に送ってきている人の中で、何ヶ月も月平均値がフラットで変化のない人が居られますが、これは一日一炷香の座禅が原状回復の座禅に終始しているということです。

 

 人間形成の禅の修行は勿論のこと、限りある命の一生であります。どの人生においても現状レベルで満足し、そこに腰を下ろしたら、人生が単に現状をキープと言うことにとどまらず、マンネリと退歩になってしまいます。

 

 初関を透過し道号授与の時に、どうしても外せない垂示の文言として、「この事の修行は、うたた入ればうたた深く、うたた上ればうたた高いのであります。一端の見所に腰を下ろすことなく、益々道心堅固に精進するように」と云わなければならない文言があります。

 

 自分の数息観座禅の三昧力レベルを、昨日よりも今日、今日よりも明日へと向上さす熱い志が何よりも大切です。真剣に生きようとする人間にとっては自然に備わってくる向上心です。

 

 小生の最近のこの限界を超える挑戦的座禅は、夜2時か3時に目覚めたときに、起きて線香2,3本の数息観座禅に打ち込むことでやっています。

 摂心会とか参禅会では、5時起きが決まっていますのでできませんが、通常週に2,3回は、この夜中座禅をこの数年やっております。

 

 モチベーションは勿論自分のためではなく、みんなのためにもっともっと上に向上せずんばおれないという気持ちです。自分が限界を高めるんだ!と言う気概でやっています。  

今日はここまで、さようなら 春潭

 

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