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2013.11.19 Tuesday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(17)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―17)―

丸川春潭

 13日ぶりに自分の書斎に入り、電気を付けるとカメムシが飛び始めました。夏の虫だと思いますが、この寒い時期までよく生き延びたというのか、どういうご縁で我が書斎に入り込んできてくれたのかね?

 

 この択木道場のHPへの小生のブログの最新は、「信と禅」の3回目で、11月14日です。たった4日前ですが、それがこのブログの2ページ目になっております。皆さん活発で直ぐおいて行かれてしまいます!?

 海香さんの「忘念会」を一緒にやりましょう、を流行語にしたいものですね。

 また龍吟さん紹介の、メルセデスが宣伝に禅を使っているというのも憎いというのか、禅のイメージが一般にそういう風に受けているのは面白いですね。

 心印さんはバイタリティがありますね。慧日庵は、まめで粘り腰があると高く評価していました。

 

 このタイトルでのブログは、8日ぶりになります。この間に「信と禅」が3回入っていますが、ご無沙汰です。

 書き出しは、お菓子の旅で、岡山の大手まんじゅうから始まり、姫路の白玉椿から、神戸の瓦せんべいまでだったと思います。

 

 神戸の次は大阪ですが、大阪のお菓子は直ぐに出てきません。飛ばして9年間いました和歌山ですが、和歌浦せんべいが有名です。

 40年以上前になりますが、和歌山から上京するたびにお邪魔していました磨甎庵老師へのお土産は、いつも黒い缶に入った和歌浦せんべいでした。

 神戸の瓦せんべいと同類項でしょうが、卵とミルクが効いていてソフトです。お抹茶のお菓子には向かないでしょうが、懐かしいものになりました。

 

 このタイトルの続きですが、前々回で数息観座禅の評点基準とその記録ということの説明をしました。そして前回は、その実践事例を恥書きでご紹介しました。

 座禅の数息観法は、深く入れば入るほど、すなわち数息が進めば進むほど、自分がまだまだだと思えてくる不思議なものです。

 

 数息観座禅は奥が深い。

 その奥の深さが、初めのころは判らない。なかなか数息ができない、数息することが難しいくらいな感想だけで、数息観座禅を味わうところまで行くのには、少なくとも10年はかかるでしょうね。

 

 この10年をどう乗り越えるかの一つの武器が、数息観評点基準と記録です。

 

 小生もそうでしたが、評点記録は、最初はどうしても甘めに評点を付けるものです。主観評価ですから仕方がないし、またそれで良いのです。

 そして甘めの評点でだんだんと点数が上がって来たときに、またデノミネーション、平価切り下げのように、主観評価をより厳しい主観評価に自分で軌道修正すれば良いのです。

 

 数息していて、平行して何か念慮がよぎっても数息ができていれば、そのまま続けていたのを、より厳しくちらっとした念慮が生じても、また一からやり直しにする、と言ったように自分で基準を変えながら、だんだん厳しく、だんだん深めて行けば良いのです。

 

 前にも書きましたが、兎に角、一日一炷香をやる前後で、集中力のレベルが全然違うという座禅ができるようにならないと、すなわち数息観評点が、最初と最後で全然違うという一炷香の座禅ができるようにならないと、数息観座禅も面白くならないというものです。

 

 カメムシが電気の暖かさのあるところで飛ばないでじっとしてきました。

 くさい臭いはするし、農作物の害虫で厄介者ですが、生き物は生き物で、今日は書斎に仲間がいるという感じです。

今日はここまで、さようなら 春潭

 

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