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2013.12.20 Friday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(19)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―(19)―

丸川春潭​

 先週一週間は、市川の本部道場での摂心会で、最後の土曜日の夜は臘八会に因んで、徹宵座禅を行いました。

 今週は、昨日から名古屋参禅会で、名古屋市西区にある善光寺別院願王寺を拝借して、来週の月曜日まで参禅会です。

 日曜日の午後には、前回に引き続き「般若心経」の講演会も予定されています。

 

 お菓子の旅は、京都まで来ており、最初に鍵善の葛きりを取り上げました。

 京都は和菓子の本場であり、和菓子は日本文化の粋の一つであります。

 京都を代表するお菓子として、八つ橋はどうしても外せないのでしょうね。古くからあるのは、固い八つ橋ですが、その後おたべとか、生八つ橋が工夫されて出回ったように思います。

 お茶のお菓子としては、小生はあんの入らない生八つ橋が一番だと思います。

 

 

 座禅のお話しは、少し角度の変わったお話をします。

 

 過去・現在・未来という時の流れの認識は、人間だけにしかない「知性の概念」であります。すなわち動物には過去も未来もないのであります。

 

 実際に、過去はもうこの世にはなく、記憶の中だけにしか存在しない。

 

 未来も幾ら確実に実現すると云ってもそれは仮想でしかない。まさに想像上の存在でしかない。

 

 実際にあるのは、現在という今だけである。

 

 しかもこの今は、時間の幅はなく、過去と未来の境界が今という現在であり、今は瞬時にして過去になってしまう。

 

 座禅というものは、この過去と未来の境界線上にある「今」をしっかりと捉え、そこにどっしりと根を下ろして揺るがない自分を発見し、この「今」に立脚して立ち上がるための最もシンプルで洗練された道である。

 

 脳科学で云えば、過去の記憶と未来の想像は、頭頂葉のはたらきであり、今を捉え、そこに立脚すると云うことは、前頭葉のはたらきである。

 

 前頭葉を活性にする最適の手段が座禅である。

 

 如何ですか?質問はありませんか?

 質問がなければ、今日はここまで、さようなら 春潭

 

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