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2019.02.07 Thursday

数息観についての最近の思い(その2)

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数息観についての最近の思い(その2)

――一炷香の中身の解析――

丸川春潭

 前回は数息観評点記録によって座禅の三昧がマンネリにならず着実に向上するというお話しをブログしました。

 今回は、もう少し綿密に座禅の中身を解析し、一炷香(45分間)の座禅の中での三昧レベルの変化について見てみたいと思います。一炷香の座禅の経過時間と共に三昧が深まり、数息観の評点が段々と上がるのが正常な座禅行です。この正常な座禅行においてもつぶさに見ると、最初は雑念が余り発生せずに推移する初期の段階が短くあり、次に雑念が激しくなりまたしては最初の一に戻ってのやり直しの数息を繰り返す中期の段階になる。そしてこの数息観での中期において意思の力を振り絞って雑念に打ち勝ち数息に引き戻し引き戻しして段々と数息観が雑念に打ち勝って軌道に乗ってくる。これが後期の段階です。これが正常な座禅行のパターンですが、皆さんはどういうパターンになっていますか?中期の段階で一炷香が終わって末期まで行かない人が多いのではないかと危惧します。自分も若い頃はそうだったように思います。この末期の段階が欠けている間は、数息観をするのは苦しいはずです。そして一日一炷香を継続するのがしんどいと思います。この時期を何とか頑張って少しでも後期の段階が出るまで辛抱して数息観の座禅行を継続しなければいけません。ここでは絶対値即ち三昧のレベルは何も問うてはいません。ただ相対的に中期の雑念が激しいレベルが少しでも収まるレベルが出てくればしめたものです。即ち中期と後期のレベルに差があることが確認できれば、座禅行をやった甲斐があったと自己肯定ができます。そして責任ある仕事を大勢の部下を使ってやっている人は、みんなのために少しはましな自分(心が定まり定力が付いた状態)にしておくために朝の座禅行は欠かせない気持ちになり、自ずと一日一炷香が継続される。お医者さんや学校の先生も似たような立場で、他のために今の自分を整えて精一杯対応するという気持ちで一日一炷香をする。また今日は試験があるとか試合があるとか自分の実力を発揮したいという日には、数息三昧のレベルの如何は問わず末期をしっかり行取してから出掛けるということになる。このように何もしなければ雑念だらけである自分を、自分のためにもみんなのためにも雑念だらけを少しでも下げ、心を少しでも整えてから出掛けようとする。これによりより充実した日送りができるとともに、これが継続されて半年一年が経つにつれて、数息観三昧のレベルも少しずつ深まり人間形成が自然に積まれて行くということになるということです。

 皆さん如何ですか?感想コメント歓迎です!

春潭 拝

 

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