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2019.02.13 Wednesday

数息観についての最近の思い(その3)

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数息観についての最近の思い(その3)

――一炷香の中身の解析(その2)――

丸川春潭

 前回は日常での数息観座禅の中での三昧レベルの変化に注目し、中期の雑念が盛んで三昧レベルとしては低い状態が最後には雑念が減り三昧レベルが上がるという実感が大切であり、これが一日一炷香実践の駆動力となるということをブログしました。

 今回は、一炷香の中身の解析(その2)として、三昧レベルが上がるまでの時間について小生の過去の経験から検証してみたいと思います。

 前回に書きましたように雑念だらけの現状が数息観によって少なくなり三昧レベルが向上できるまでの時間が一炷香(45分間)内でできなかった時は一炷香をやった意味がないように思いむなしくなるわけです。最後の5分間だけでもいいから改善したという実感が必要であり大切なのです。小生の記憶でも最後の5分間で何とか10まで数息できたという時期がずいぶん長かったように思います。

 2、3年ほど前から、三昧の深さを更に掘り下げる努力と平行して数息三昧が軌道に乗り始めるまでの時間を如何に短くするかの努力をしてきました。小生が学生時代に耕雲庵老師の侍者をしていたときの老師の起床は、先ず午前5時50分に6時10分前ですと申し上げ、6時丁度にまた6時を告げに行くと老師は起きられ溲瓶を下げてトイレに行かれる。侍者は急いで布団をたたみ部屋を簡単に掃除して下がり、次に6時半に線香を持って参禅のお願いに行くと丁度読経が終わり、参禅室に入られるという流れでした。この流れで行くと朝の老師の数息観座禅時間は正味15分ということになると思います。すなわち耕雲庵老師は15分以内で数息観三昧のピーク達成をされていると考えました。これが小生の目標で数息観三昧の軌道に乗る時間を短くする課題に挑戦したのです。

 80歳近くなった最近において睡眠時間と夜間の小水量と体のむくみが密接に関係していることが判り、夜はできるだけ早く就寝し朝はできるだけ起床の時間を遅らせるようにしており、その為に朝の座禅時間が30分を切る事態になったと云うこともあって、この課題に鋭意取り組んできました。

 その結果この1年くらいで大体30分以内でピーク達成が可能となり、今年に入ってからは20分以内でも可能になってきております。在家禅者にとって一日一炷香は命というものであり、深くの努力を日進月歩で続けなければならないのですが、忙しいのを言い訳にせずに逆に追い風にして、深くを短く達成する修練として挑戦して頂きたいと思います。

春潭 拝

 

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