老師通信

人間禅の老師による禅の境涯からの便りです。
人間禅のホームページにもお立ち寄りください。

人間禅のホームページはこちら 老師通信一覧はこちら

 

<< 嬶まんがいい | main | 嬶まんがいい(その3) >>
2019.03.29 Friday

嬶まんがいい(その2)

JUGEMテーマ:

 

嬶まんがいい(その2)

丸川春潭

 「嬶まんがいい」とは関西弁であり、「良い嫁さんに恵まれて運が良い」という意味であり、これを言い切る人の境涯について話した、第二回目です。

 他人に対しても自分に対してもポジティブな面を全面的に見ていく人と、反対にネガティブな面を拡大して見て行く人と二通りあります。

 後者の場合のネガティブな見方の根本は自分に対して厳しい見方をしているということであり、それを人に対してもと云うことです。その原因は自己の確立が出来ていないことに自分で気がついており、しかもそれを求めているけれどもその目処が付いていない状態にあるといつまで経っても自分にも他人にも厳しくそしてややもすればネガティブに見てしまうことになる。

 これは別の見方からすると非常に宗教的な(自分探しを強く求めてやまない)気質の人であると云えます。 前回のブログでも引用しましたが、内閣府の調査で世界の中で日本の若者だけが極端に自信を持っていないというデータになっていると出ており、良くこれが引用されますが日本人の気質が宗教的な気質を持っているからではないかと以前から考えておりました。

 小生は製鉄の研究開発に従事していた経験から、現状に疑問すなわち不満足が無ければ新しい開発も発見もでてきません。ことほど左様に、自分に対して厳しく見る視点と現状の自分に対する不満がなければ人間は精神的成長を生じ得ません。

 人間形成の三要素として大信根・大疑団・大勇猛心が古来から云われていますが、この大疑団に関係しているのが宗教的な問題意識であります。

 しかし始めに自分に厳しいのは良いのですが、前回の和歌山の和尚のように100%肯定にまで行き着く人は何人居るのでしょうかね?!恐らく1%もないと思います。しかしそうすると一般人にはなかなか救いがないということになりますが、自分探しは未だ未だだけれどもその探す方途が持てたと確信できれば、50%以上には自信が持てるものです。小生の経験からも云えます。ただこの確信が持てる方途に出くわす確立が10%くらいしかないのではないでしょうか?これが一番の問題であり、課題なのです。

 「嬶まんがいい」話から大分難しくなりましたが・・・(つづく)

 

コメント
コメントする








 
Calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode