社会人のための坐禅(座禅)道場【人間禅】

 

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2020.04.02 Thursday

コロナ・パンデミックと禅

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コロナ・パンデミックと禅

丸川春潭

 皆さま、未曾有のコロナ・パンデミックが吹き荒れていますが、如何お過ごしですか? おそらく皆さまは居士禅者としてしっかり自分の責任を果たしつつ、ますます道心堅固にご精進のことと拝察致しております。

 こういう時こそ、しっかり座りましょうとの趣旨のブログを書いておりましたら、総裁千鈞庵霞山老師が「禅者の日常〜独坐大雄峯〜」のブログを今朝投稿されました。お読みになられたと思いますが、簡潔にして明快な時宜を得たブログです。

 重複は避けつつ、しかしこの方向性を保ちつつもう少しこういう時期だからこそ感じたことを申し上げておきたいと思います。

 テレビ等での専門家や識者がコロナに対して色々云われていますが、心にとまったコメントを一つ紹介したいと思います。それは様々な情報に反応して怯えるのではなく、コロナを「正しく恐れよ!」というコメントでした。これは感情的ではなく科学的に考えて冷静に対処すべしと云うことであり、その通りだと思います。「人間禅は迷信を説かず科学に違背することなく堂々と如是法を挙揚し合掌して・・・」にあるように、風評に惑わされることなく、科学的に合理的に判断して対処することができる在家禅集団です。密閉・密集・密接は判りやすいキャッチフレーズですが若干あいまいで大まか過ぎます。もう少し科学的に要約すると、会話とか咳とかの場合の飛沫感染を恐れることであり、加えて感染者が触れた可能性のある部分(電車のつり革、ドアのノブ等)にはウイルスが残存している可能性があるのでそれを恐れよということです。

 人間禅の第三世総裁磨甎庵劫石老師から学生時代にお伺いしたことですが、禅の修行は黙に徹するべきであり、古来 修行者は口の周りが白くなるくらいでないと駄目だ!と。黙って座っていたら口の周りが白くなるのか!? と意外に思い覚えています。確かに、摂心会は板木(ばんぎ)、柝(たく)、引磬(いんきん)、鈴(れい)を用い、言葉ではなく黙々と集団行動が取られて行事が制御されています。したがって密集しても言葉がなければ飛沫感染はなく、各自が手洗いを励行すれば静座会などは、基本的には集会として人は集まっても都会の買物だとか交通機関より余程 安心安全な場所です。摂心会の場合にも基本的には黙の修行ですから静座会に準じますが、問題は参禅の時でしょう。なぜなら問答が付きものですから、したがって対策工夫が必要になります。これはコロナにかかわらず通常のインフルエンザ時でも同じことですが、公案の拈呈(ねんてい:公案を唱えること)は師家に聞こえる程度の声でいいのですが、初心者の中には見解(けんげ:自分の見解を師家に向かって呈すること)を呈するように公案を大音声で唱える人が時々います。これはこの際趣旨を説明して声量を下げさせる必要があります。

 そして全般的に、自分が症状は出ていなくても、感染している可能性を考えて行動することが必要です。例えば、人からうつされるからではなく他人にうつさないためのマスク着用とか手洗いの励行は、日常生活はもとより静座会だとか摂心会に参加する時の基本的マナーと考えます。禅者であればこそこういう配慮ができるはずです。

 禅の修行は、自分のためだけのものではなく、また世代を超えた断続するべからざる継続し積み上げする事項です。過度に心配することなく正しく対処して事に当たることが大切です。まさにこういう事態こそ黙に徹し、また他者を常に大切にする自分のマナーを身に付ける機会として、粛々と法の挙揚をし修行を続けて行きたいものです。そしていろいろの環境条件で静座会とか摂心会ができなくなったところは、千鈞庵老師のブログの「禅者の日常〜独坐大雄峯〜」でしっかり三昧力を磨くべしです。

 

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