三要件(2)

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三要件(2)

東 絶海

二つには「坐禅(静坐)」

 小生は、坐り方が足りないという思いがずっとあった。吾々は一日一炷香ということをいって、その実行を目標にして、それはどうにかクリアしていたのであるが、どうも坐り足りないという思いは師家になってからも残った。それで坐禅する時間の絶対量を増やすようにした。相撲取りは土俵に宝が埋まっていることを信じて、土俵に上がって稽古をする。それと同じで、坐禅の中に仏の宝があることを信じて坐禅の量を増やすことにした。時間が無駄ではないかという人がおるが、高い山になればなるほどすそ野は広い、そのすそ野は無駄ではない。擁壁などを作る時に、ステコン(捨てコンクリート)をしっかりと打ってから型枠にコンクリートを流し込む。このステコンは無駄ではない。それと同じで無駄な坐禅はない。ということで、絶対量を増やすようにした。坐り不足という思いは、いつの間にか消えていた。いつ消えたか判然としないが3〜4年位前ではなかろうか。

 吾々は在家禅者であるから、社会人として勤めている間は、付き合いやらなんやらでなかなか坐禅する時間が取れないが、定年退職したら時間はある筈だから時間の許す限り坐禅することを勧めている。そうしたら、道元禅師が云う修証一如が判るし、それが帰結するところの只管打坐が判然とし、威儀即仏法・行持綿密の曹洞の宗風も理解でき細行を慎むようになる。そうであるから、摂心会では、時間を見つけて坐禅する時間を増やすように指示しているが、それを実行するのは本人である。(つづく)

 

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