老師ブログ

人間禅の老師による禅の境涯からの便りです。
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2013.12.25 Wednesday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(20)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―(20)―

丸川春潭

 最近の脳科学の進歩によって、座禅時の脳の状況が明らかになり、古来から経験的に云われ、伝承されてきた座禅による悟りの境地が、いろいろな角度から科学的に照らし出される事態になっております。まさに驚きでありますし、同時に先人の座禅に関する経験が間違いないものとして証明されてきているとも言えるのであります。

 小生のこれに関する知識は、一つは人間禅の名誉会員である京都大学医学部名誉教授本庄慈眼先生からの情報と、もう一つは昨年3月に開催された択木禅フロンティアでの東邦大学医学部有田秀穂教授の講演に依るものであります。

 本庄慈眼先生からは、アメリカの脳科学関係の雑誌の論文を紹介して頂きました。それは、チベットの修業僧数人を使って深い瞑想状態にある時の脳機能を調べた報告であり、先生は「お釈迦様の脳」の中で概略次のように述べられています。

 「瞑想の脳機能画像の結果は驚くべきものである。僧侶が瞑想に入ると頭頂連合野がサイレントになり、入れ替わっておでこのところの前頭前野が活性になるという結果である。前頭葉は脳の中の脳といわれるように意志や行動決定の中心であり、いわば大会社の社長室あるいは国家の内閣総理府といった中枢である。頭頂葉は五感の入力を統合して絶えずその解釈をしている場所であり、本来ひと時も活動を止めてはいけない場所なのである。この連合野が働かないということは、物は見えるがその意味はわからない、音は聞こえるが言葉としての理解は出来ない状態といえる。視覚、聴覚あるいは触覚などの入力が処理されないままに通り過ぎてゆくことを示している。さらには自己の空間内での位置感覚がなくなり、自己と外界との境界の消失ないしは融合は宇宙との一体化をもたらすことになる。また、言語を介した理性的な思考法がなくならなければ真の瞑想の境地に至れないことの教えであろう。」

 

2013.12.20 Friday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(19)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―(19)―

丸川春潭​

 先週一週間は、市川の本部道場での摂心会で、最後の土曜日の夜は臘八会に因んで、徹宵座禅を行いました。

 今週は、昨日から名古屋参禅会で、名古屋市西区にある善光寺別院願王寺を拝借して、来週の月曜日まで参禅会です。

 日曜日の午後には、前回に引き続き「般若心経」の講演会も予定されています。

 

 お菓子の旅は、京都まで来ており、最初に鍵善の葛きりを取り上げました。

 京都は和菓子の本場であり、和菓子は日本文化の粋の一つであります。

 京都を代表するお菓子として、八つ橋はどうしても外せないのでしょうね。古くからあるのは、固い八つ橋ですが、その後おたべとか、生八つ橋が工夫されて出回ったように思います。

 お茶のお菓子としては、小生はあんの入らない生八つ橋が一番だと思います。

 

 

 座禅のお話しは、少し角度の変わったお話をします。

 

 過去・現在・未来という時の流れの認識は、人間だけにしかない「知性の概念」であります。すなわち動物には過去も未来もないのであります。

 

 実際に、過去はもうこの世にはなく、記憶の中だけにしか存在しない。

 

 未来も幾ら確実に実現すると云ってもそれは仮想でしかない。まさに想像上の存在でしかない。

 

 実際にあるのは、現在という今だけである。

 

 しかもこの今は、時間の幅はなく、過去と未来の境界が今という現在であり、今は瞬時にして過去になってしまう。

 

 座禅というものは、この過去と未来の境界線上にある「今」をしっかりと捉え、そこにどっしりと根を下ろして揺るがない自分を発見し、この「今」に立脚して立ち上がるための最もシンプルで洗練された道である。

 

 脳科学で云えば、過去の記憶と未来の想像は、頭頂葉のはたらきであり、今を捉え、そこに立脚すると云うことは、前頭葉のはたらきである。

 

 前頭葉を活性にする最適の手段が座禅である。

 

 如何ですか?質問はありませんか?

 質問がなければ、今日はここまで、さようなら 春潭

 

2013.12.12 Thursday

古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」(18)

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――古くて新しい「座禅」、易しそうで深い「座禅」―(18)―

丸川春潭

 このシリーズの(17)を発信してから、あっという間に3週間が過ぎてしまいました。
 11月最後の週末は、日暮里の択木道場で、座禅セミナー、座禅フロンティアが定例行事としてあり、その翌日から、中国瀋陽市の東北大学へ4日ほど出張しておりました。
 大学の中に新しい国際会議場ができ、それに併設された新しいホテルに泊まり、毎朝、一日一炷香の座禅は当然ですが、ブログ書きまで手が回りませんでした。
 帰国してからも、水戸静坐会座禅会に続き、先週末から市川の人間禅本部道場で、京葉支部臘八摂心会(座禅会)に入っております。
 今日11日水曜日は、中日の放参日ですので、久し振りのブログを書かせて頂きます。

 先ず、お菓子の旅ですが、和歌山の和歌浦せんべいまでだったと思います。次は、京都ですが、京都は銘菓が沢山あって絞り込みが難しいですが、鍵善の葛きりを先ず挙げたいと思います。八坂神社に向かって左側の老舗の菓子屋さんです。
 ここの葛きりは、座禅の先輩で、熊本の浜田圭巌老がお好みでありました。

 

 

 前回は座禅の数息観法による三昧力向上のために、座禅三昧力評価基準とその記録についてご紹介しました。
 数息観座禅は、なかなか味わいにくいところがありますが、やればやるほど、その深い味わいは段々と素晴らしく噛みしめられてまいります。

 朝の座禅によって、その日一日の充実のためと同時に、その座禅の継続が、着実な人間形成の道の一歩一歩になるのです。理屈抜きに「行」の効果です。

 最近感ずることは、座禅だけではなく、浄土宗の念仏三昧も、神道系の滝行なども、全て座禅三昧と同じ方向を目指していることをつくづく感じます。
 
 一日一炷香の座禅を基軸にして、仕事でも、趣味でも、余暇でも、三昧の尺度で評価して行くと、何でもありで、それが全て人間形成の道につながっていることを感じていま

 

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