陰徳を積む
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陰徳を積む
丸川春潭
学生時代から先師磨甎庵老師のしばしば云われていた「陰徳を積む」という言葉は、当時の小生にとりまして正直いって苦手に感ずる言葉でした。自分を顧みてそれが自分にはできていないと思っていましたし、自分の弱点でもあると受け取っていたからだと思います。
磨甎庵老師は、陰徳を積んでいる人の好事例としていつも引き合いに出されるのが、四国丸亀市の高徳軒南天象老でした。天象さんは便所掃除、道場周辺の溝掃除を良くされていたようです。しかもそれをする時期が、摂心会・参禅会の未だ人が見えない前もしくは、みんなが帰ってから独り黙々とやられたということで、まさに陰徳の好事例です。
社会に出てからの仕事の評価は、基本的に個人評価であり、誰がその仕事を成し遂げたのかということが常に明確にされ、それで評価されることになります。したがって誰がやったか判らないような仕事は、評価の対象にはならないし、皆が一生懸命にやっている社会的行為は、ほとんどが顕徳ねらいになるのは仕方がない成り行きであります。
歴史的に振り返ってみて、江戸時代以前よりも、明治から今日の平成時代までの方が、社会的に陰徳がだんだん少なくなって来たのではないかと思われます。そして陰徳が少なくなるにつれて、人間味の薄い、功名心とマネーが幅をきかす殺伐とした社会になってきているように思います。
人間にとって、自分が他から認められるということ、自分の存在が他から承認されることは、生存の根本として極めて大切な行為です。 赤ん坊が母親に向かって訴えることから始まり、長じて種の保存にも関わる異性に対する場合においても本能的に自己主張は不可欠なものです。
その延長上で、周りの人から認めてもらうことをインセンティブとして、自己研鑽を図ることは健全な行為です。
陰徳の実践は、普通の人には難しい行為です。最近の若者は結構ボランティアに積極的な人も多いようで感心しておりますが、東日本大震災へのボランティアの様子を見ておりますと、どうもこういうボランティアは正当な報酬なしでもやる行為だけれども、しっかり顕徳されることが大前提になっている場合もあるように感じます。自分がやったことが他の人にはっきり喜んで貰え、感謝して貰えることがボランティアの大きなインセンティブになっています。「元気をあげたい、喜んで貰いたい」という発言にそれを感じます。一見無償の立派な行為ではありますが、陰徳とは本質的に違うものであると思います。
陰徳の難しさは、他から承認されることなく、自分の存在や行為が人間関係の中で顕在していないからです。したがって自分が本気で苦労してやる甲斐がないということにもなるのです。
陰徳を積む行為には、そこにいささかの吾我があってはできない行為です。自分の存在が他からの認証がなくても平気で居られるには、ちっぽけな自我を空じて、大きな我(本来の面目・本当の自分)を自己の中にしっかりと確保しておくことが必要です。これがしっかりできておれば、他の人が見ていようがいまいが、そういうことにいささかの影響を受けることなく、やるべき行為をしっかりとやりきることができるのです。
座禅を組んで数息観を行ずる、呼吸を数えること以外の念慮がだんだんと少なくなって数息三昧に入って行く、これを最近の脳科学の進歩を参考にして三昧時の脳の状況を解析的に云えば、自と他を相対的に峻別する頭頂葉がサイレントになり、自と他を区別しない感性を司る前頭葉が活性になる脳の状態であるということができます。
人間形成とは三昧を身に付ける修練であり、三昧が身に付くほど前頭葉が常に活性に保たれ、自と他を峻別する意識は薄くなる、すなわちちっぽけな吾我の念が常に空じられる状態になるのです。
こういう状態にあるときは、自己顕示欲を全く起こすことなく、陰徳を積むことが普通にできる状態にあると云えます。
そうすると余程人間形成が進まなければ、陰徳はできないのかということになりますが、そうではなく人間形成を進める行として努めて陰徳行に励むということであります。ですから先師も若い学生の小生に勧められたのだと思っております。
ちっぽけな吾我があっては陰徳を積むことはなかなかできないことですが、その吾我の意識に逆らってでも陰徳行を積んで行くと、ちっぽけな吾我をだんだんと小さく弱くして行くことができるのです。
すなわち仏教用語で云うところの識蘊(吾我の意識)を空ずることができるようになります。これは単なる座禅三昧で識蘊を空ずるよりもより効果が大きいのです。それは古来より云われている「動中の工夫は、静中の工夫に勝ること百千倍」と同じような効果であり、人間禅の伝統である作務三昧による道力の養成にも通ずるものです。
人間形成は、三昧を身に付けることと云えますが、その中身として最大な課題が、吾我(識蘊)を空ずることです。陰徳を積むということは、この最大の課題である吾我を空ずる有効な実践行と位置づけることができ、したがって陰徳を積むことにより人間形成を大きく進めることができるということになります。
個人の人間形成のために陰徳を積むことが基盤になって、人間禅全体として社会に対して陰徳を積んで行きたいと願っております。
そして願わくば、日本の国全体として陰徳を積む風土が伝統化されれば、世界楽土すなわち正しく、楽しく、仲の良い社会建設への道が確かなものになると思う次第であります。
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