自利と利他
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自利と利他
丸川春潭
令和2年2月の東京支部摂心会の講演として「自利と利他」について話して欲しいという要望がありお話ししました。このブログはその要約のつもりで認めます。
先ず自利というものは、自分の人格形成・人間形成を図る行為であり、利他は他人の人格形成・人間形成を図るのを助ける行為と定義しておきましょう。
自分が食べたものが美味しいと感動したら、これを周りの人に食べさせてあげたいと思うのは人間としての本能だと思います。自利の実践した結果を振り返って良かったと感動したら、自然と周りの人にこの感動体験を勧めるのが本能であり、この行為が利他になるのです。
したがって、利他は自利と繋がっているという考えが、この話の骨子になります。すなわち、自利と繋がっていない他に対する働きかけは利他とは云えないと考えています。自利と繋がらない他人への働きかけは、お節介とか押しつけであり、またそれが上から目線の場合は指導・教導と呼ばれるべきと考えます。
もちろん指導を受けたりお節介をしていただいたお陰で、人間形成への道にご縁が出来たり、行き詰まりを打開できたりすることはよくあることであり、利他でなければならないと云うことではありません。
ただ云えることは、利他行をしなさいと勧めるのは本来的に云えば筋違いなことです。利他行は、あくまで自利から自然に湧き出てくるものです。
客観的に、利他行が全く出来ていない人がいますが、こういう人は自利で本当に良かったという感動が少なく弱い場合ではないかと思います。人間形成というものは、自分の殻を破り目から鱗が落ちるもので、それが破られる前には師家に参じても振られるだけで苦しいものです。しかしそこの百尺の竿頭の先に一歩踏み出すことによって愕然と殻を破るものであり、このときの快哉はこの修行をしてきて良かったと人によって強弱はありますが例外なく思うものです。したがって強弱はありますが、人間形成の禅の修行を継続している人は遅かれ早かれ何度かはこの自利の喜びが必ずあるものであり、したがって例外なくそこから利他心が生じ利他行が出てくるものです。
ただこれは公式図式であり実際にはいろいろな形があると思います。小生の場合の自利と利他の事例を参考までに申し上げますと、入門したのが大学1年の秋、見性したのが翌年の3月末でいずれも中国支部(現岡山支部)耕雲庵英山老師でした。大学の同級生の三上栄子さん(現、家内の鶯林庵玉淵)を阪神支部の例会に誘ったのが2年生の秋?で、彼女が入門したのが大学3年の夏休み、見性したのが4年の夏休みで場所はいずれも房総支部主催の長野県飯田市長久寺で磨甎庵劫石老師でした。これが小生の最初の利他行でしょう。
次は、昭和38年4月住金和歌山製鉄所に入社してからで、1年くらい経ってから社宅に同期の友人や職場の同僚を誘って座禅を一緒にしました。自分の一日一炷香を確実にする効果は間違いなくあります。この輪が広がり2、3年くらいしたら座禅会になり、いろいろな場所を借りて座禅会を月例でするようになりました。5,6年した時点で座禅会の仲間と一緒に和歌山市内のお寺を中心に座禅会場探しを20数カ所やり、窓誉寺にたどり着き、和尚と意気投合して週例静座会がやれるようになりました。会場確保の後に磨甎庵劫石老師にお願いして参禅会(内参会)をやりつつ入門者が増えてきた時点で、阪神支部の和歌山分会(南海禅会)となり、昭和45年には修禅会を開催し、その後の南海支部創立の起点となりました。これが一連になりますが結果として第二の利他行になったと思います。三番目が和歌山在住9年で茨城県の鹿島製鉄所への転勤となり、社宅での身の回の同僚や後輩を誘っての座禅の友づくりが始り、これが坂東支部(現茨城支部)に発展して行くのですが、詳細は割愛します。
これらは要するに、自利の感動を周りの人に勧めるというよりは、自利の感動を長く続けより大きくするために周りの人に声を掛けたという感じがします。もちろんその人のために勧めるという気持ちも間違いなくありますが、自利のつづきに利他がくっついているというのが小生の場合の実態であったと振り返って反省しています。自利を離れて利他はないのですが、利他行は百人百様の形があると思われます。合掌
坐禅を志す君に
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坐禅を志す君に「一日一炷香」を!
井本光蓮
坐禅の修行は、とにかく、数息観(※註1)の時は数息観に成りきれ、公案(※註2)工夫の時は公案に成りきれと云われる。しかも「一日一炷香」と云って、毎日線香1本分(約45分間)を坐れと云われる。つまり「成り切る」ことと、「続ける」ことは、車の両輪なのだ。一つでもむつかしいことを、二つ同時に要求される。だが、この二つの事は、それぞれ別の事だろうか?
先ず、「続ける」ということが如何に大切であるかは、多少とも剣道や茶道などを稽古した人なら誰でも知っているだろう。その「続ける」ということを煎じ詰めると、結局は一念一念を相続(持続)するということになる。
「念々正念」という言葉があり、その深い意味に今は触れないが、この言葉には「成り切る」という意味と「続ける」という両方の意味がある。成り切れなければ続かないし、続けなければ成り切れないのだ。
折角坐禅に志したのだ。頑張って石にかじりついても、「一日一炷香」を続けよう! そうすれば、三昧(※註3)(成り切る)の境地は、君の骨折りに正比例して必ずや君のものとなるだろう。そして遂には転迷開悟の実を挙げて、僕らの理想である「念々正念」の境地に、一歩でも半歩でも近づこうではないか。心の底からそう願っている。
註1 数息観:坐禅を組んで静かに自分の息を数える。印度で古くから行われた観法で、それが仏教と共に中国へ日本へと伝えられた心身の鍛錬法。
註2 公 案:入門して師家から修行者に授けられる転迷開悟のための問題。
註3 三 昧:三昧には、第一に心を一事に集中してみだりに散乱させぬ働き、第二に病気の我が子を看病する母親のように、自と他が一枚になる働き、第三に「風疎竹に来る、風去って竹声をとどめず」の句のように、外界の刺激を正しく受納し、しかもその刺激が去れば後にいささかの痕跡もとどめぬ働きがある。
人間禅栃木道場
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人間禅栃木道場
堀井 無縄
令和元年11月、人間禅栃木道場が完成し、各地より多くの関係者や来賓の方々にお越し頂きました。宇都宮駅から車で5分、徒歩20分、バス停より徒歩2〜3分という立地に恵まれた閑静な住宅街に位置します。有志の方々のご参加をお待ちしております。
禅は、坐禅によって心の平安を得、本当の自分を自覚し、人として充実した人生を味わうことを目標にしています。これにより日々生きる力が湧き上がり、平和な心で楽しい人生を生きられる素晴らしい修行であります。
どなたでも参加でき、門が大きく開いています。
指導 人間禅師家 了空庵堀井無縄
副担当師家 仰月庵杉山呼龍
お問合せ 臼杵宗應(090‐5432‐3027)
所在地 宇都宮市今泉町411−1
「次を考える」(その4)
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「次を考える」(その4)
丸川春潭
脚下のスリッパの脱ぎ方においての「次を考える」から、禅における伝法の壮大なドラマにおいても、更に国を超え人種を越えての地球の持続においても、全く同じ「次を考える」ということであり、「次を考える」ということは人類においての一気通貫な人間の高次の所作である。ではこの高次の所作を出せる人間になるには一体どうすれば良いのであろうか?これはゆるがせに出来ない大切な課題である。
「次を考える」にはいろいろある、自分のために、他人のために、次世代のために等々、それぞれ考える視点は異なるが、これは誰にでも出来るというものではない。これが出来る人間の素養はどうなのかは大きな疑問であり興味ある課題である。いろいろな角度からいろいろな要素が浮かび上がってくるが、ここでは二つに絞って考えて見た。
一つは「今に囚われない」である。
今に真正面から対峙して取り組んでいながら、その今に埋没することなく、来し方行く末が冷静に見えている精神状態がこれである。今にのめり込みすぎて次まで見えないということでも駄目であり、次を気にして今が疎かになっても駄目であり、今と次が完璧に両立できなければ、「次を考える」にはならない。
もう一つは「自我に囚われない」である。
自我(エゴ)というものはどうしようもないものであり、どんなに注意していても出ないようにとか無くするとかはできない。人間は生きている限り自我(エゴ)が働くものであり、これが人間の自然なのである。逆に言うと自我は嫌うべきものではなく必要なものでもある。ただ人間形成が積まれていないとこの自我に振り回されてしまって自他を傷つけることになる。自己中心というものはその振り回されている一つの典型である。自我に振り回されているレベルでは決して次は考えられない。この自我の出てくるのをいち早く察知してこの自我を常に空じなくては次はしっかりと見えてこない。
少なくとものこれら二つ「今に囚われない」と「自我に囚われない」は、人間形成の素養としてしっかり備わっていなければ、高次の人間の所作としての「次を考える」ことは出来ない。
振り返ってこの二つの素養は、人間形成の禅の目標と云っても良いものであり、容易なことでは我が物とすることは出来ない。例え弐百則の公案を見尽くした罷参底の上士といえどもこれを毎時毎分毎秒において実践することは容易ではない。永年の真剣な座禅の積み重ねで如何に深く三昧が身に付いているかどうかである。
更に、在家禅者として次を考える場合には、なにがしかの社会性が大なり小なり付いてくる。そのためには人間形成の素養だけでは正しく考えるという点では不十分になる。すなわち素養としての二つの必要条件に加えて十分条件がなければ、これを正しい所作として実践することは出来ない。その十分条件とは、人間禅の創始者の耕雲庵英山老師が常々述べられていた世界観・歴史観をしっかり持たなくてはいけないということである。こういう勉強が必須なのである。この知識がなくては地球環境の問題にしても、政治的な判断(例えば憲法改正の問題)において、一市民として正しく次を考えた一票を投ずることが出来ない。投票のみならず、脱俗出家者ではない在家禅者は常に、生活において、仕事において、脚下から次世代まで、小から大まで、短期から長期まで責任を持って次を正しく考え対処しなければならない。これができなければ在家禅者とは云えない。
次を考えること一つを取って見ても、在家禅者の道は究め続け求め続けるべき道である。この道を一人でも多くの人と把手供行できれば、この道はだんだんと太く大きくなり、その先に世界楽土が見えてくると云うものであろう。(完)
那須の雲岩寺訪問
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那須の雲岩寺訪問
杉山呼龍
那須の雲岩寺に行った。今、芭蕉の研究をしている。研究には現地調査が不可欠である。芭蕉の研究は、なにせ三百年以上の歴史がある。その研究史を調べただけだって一冊の本ができる。しかし、まだ解ってないことも多い。神田川のそばに関口芭蕉庵がある。深川の芭蕉庵の前に住んでいたといわれる。その関口芭蕉庵について書かれている伝記は殆んどない。彼が亡くなったのは1694年、元禄七年だ。芭蕉は「奥の細道」の旅の途中で雲岩寺を訪れている。彼の師匠である仏頂和尚が修行し、亡くなった寺であるからだ。その雲岩寺へは、新幹線の那須塩原の駅からバスで1時間、田舎道を通って幽邃な山奥に入る。行く人はたいてい車であり、寺の入り口には2,3台の車が駐車していた。そこに清らかな川が流れていて、その川に朱塗りの橋が掛かっている。渡ると長い石段を登る。途中門があり、門の右側に「碧巌録提唱」という看板が掛かっている。とても古くて字がかすれている。階段を登り切って更に奥に入ると、建物があって「受付け」と書いてある。中に入ってみると誰も居なくて、そこには参禅の時に使うような喚鐘が置いてあった。そばに説明書きがある。
「御朱印をほしい方は喚鐘を叩かないで下さい。用事のある方は喚鐘を叩いてください」。
ご住職に聞きたいことがあり、可能ならば面会をお願いしたいと思っていたので、喚鐘を2回叩いた。返事がないのでまた2回叩いた。それでも返事がないので5、6分位散歩して、こんどは力まかせに2回叩いた。それでも全く返事がない。不満だったが仕方なく諦めてその辺を少し散策して、先ほど登った石段を下りた。途中観光客を2,3人見かけたが、雲水に逢うことはなかった。帰りのバスに乗った。バスの運転手は地元の人であったので、この寺に雲水は何人いるのか聞いてみた。そしたら一人だという。この山奥の広いお寺に老師と雲水一人。どうりで喚鐘を叩いても返事がないわけだ。そういえば、駅に置いてあったパンフレットに雲岩寺が載っていたが、その電話番号が線で消されていた。雲水一人では電話の対応もできないのだろう。雲水が一人とは驚いた。雲岩寺は12世紀、平安時代創建の妙心寺派の古刹である。雲水は掛塔自由であるので、明日どこかに行ってしまうことだってある。この広大な寺の作務はどうなるのだろう。寺の経営はどうなるだろう、人ごとながら心配になった。
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